マチュピチュの町の内部

マチュピチュではガイドを雇わなくてもいい。
その辺に説明しているガイドが沢山いるから盗み聞きで充分。
聞いても全然頭に入らないが。
情報は沢山あるし、宿でるるぶ情報の本を誰かが置いていってくれたおかげで日本語で理解出来る!

観光客同士が話しをしているのを聞いている方が面白かった。

アメリカから来たカップルの男の方が、可愛いヨーロピアンと楽しそうにずっと話しをしていた。
ぽっちゃりの彼女は、ふてくされているのに気づいていない。
そんな機嫌悪くなった彼女を見ているのが面白かった。
カップルのラブラブ話よりケンカ話を聞いている方が面白いと思ってしまう自分。
性格悪いな。

現在のマチュピチュは、現代の人が修復した石積み。
実際は、壁は崩れているはず。

町の端の方でそれをみた。
遺跡は修復せずそのままの姿を残していて欲しい。というのが僕の意見。

インカ帝国の繁栄はどうやってもたらされたのか?
インカ帝国の特徴は石造建築技術が進んでいたが、基本的には農業で繁栄がもたらされた。
それは、アンデス山脈一帯の気候に関係する。

砂漠地帯コスタ。
山岳地帯のシエラ。
熱帯雨林のシエラ。
3つの地域から成り立っている。
特に山岳地帯においては少し移動しただけで気候がガラリと変わる。
そして、取れる作物も変わってくる。
これがアンデスの豊かさ。
バイクで旅をしているとそれを身をもって感じる。
インカ帝国の人達は、異なった生態系を持つ地域から、物々交換をして効率よく産物を集めた。
それを公平に分配できるものが優れたものと評価された。
インカ帝国では社会保障もあった。
社会的弱者を守るシステムがあり、飢えや貧困も無かったらしい。
この領土支配では無く誰もが豊かに暮らせるシステムだったからこそインカ帝国が繁栄した。
それを、領土支配をしようとスペイン軍が攻めて来たせいでインカ帝国は滅びた。
なにか現代にも学べる事があるなぁと思う話だな。
領土支配しようとした戦争時代と変わって、
今は国交が重視されている。という事はいい事かもしれない。
それを話し合いもせずに無人島に自国の旗を立てる国は、野蛮な領土支配と変わらない。

さて、また歩いて帰るとしますか。

自分の足で登った山は自分の足で降りなければいけない。
竹内 洋岳

彼カッコいいよな〜。

下りは1時間でマチュピチュ村に着きました。
疲れた体を癒すには温泉!
ここ、温泉があるんです。660円

38℃くらいでぬるいです。
温泉が湧いている箇所は熱いんですが、現地人やヨーロピアンに場所取りされて熱い所を取れない。
ずっと隣で空くのを待つが、開いた瞬間に場所を奪い取られる。
僕は強引に奪う事は出来ないから負けてしまう。
ずっと待っていたのに。
これを一時間半も繰り返していたせいで疲れた。

さて、また3時間歩いてバイクの所まで戻り、6時間かけてクスコまで走りますか。
途中、川沿いでドローン飛ばしていたら通信不能になってどっか飛んで行ってしまった。
ヤバイヤバイ
どこ行った?
どっちに行った?
あの中にはこれまでマチュピチュの写真が全部入っている。
探し回るが全然見つからない。
30分以上たってもう墜落しているのは間違いない。
しかし、電源が入っていればWi-Fiはまだ飛んでいるはず。
ケータイでWi-Fiを探し回るがダメだ。
半泣きになりながら座り込む。
保険屋になんて言おうか考えながら。
一時間くらい経って諦めたその時、
一瞬電波が入りかけた。
あっちこっち探して電波を得る

どうやらジャングルの方だな。かなりの急斜面っぽい。
ジャングルをかき分けドロドロになりなりながら斜面を探す
するとありました!

あそこ!

羽が無くなっていたが、問題なさそうだ。
絶望からの生還。
ホント、飛んで喜びました!

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2 thoughts on “マチュピチュの町の内部

  1. 今の時代にもマチュピチュでの生活が残っていたら世界一平和な場所に選ばれていたかもしれませんね!

    旅の記録
    見失なわず壊れず良かったですね!

    • 田舎の方は、民族衣装着たインディヘナが、石積みの藁屋根の家に住んで、農業やアルパカの牧畜しているんですよ。
      衣食住。多分、田舎の方ではインカ帝国の時代と殆ど変わっていないと思うんですよね。
      っていうのが凄くいい国だなぁと思います!

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