キューバの野球の歴史!

 

朝ごはんをピザ屋で。
ピザばかり食べてたら飽きるので、パンコンハモン(ハム入りパン)を注文。44円

チョコレート。12円
今だったら安い!と思うかもしれないけど
子供時代の僕の物価感覚からしたらちょっと高いんだよね…。
うまい棒10円
チロルチョコ10円
5円チョコ
ガリガリ君60円

小学低学年の時は、1週間に100円しかお菓子買って貰えなかったし、
欲しい物は誕生日とクリスマス以外には何も買って貰えなかったし。
たまごっちも、デジモンも買って貰えなかった。
誕生日とクリスマスプレゼントを足して、やっと買って貰えたゲームボーイとポケモンは皆んなが持ち始めた2年後だったからね。
僕の家、貧乏だったんですよー。
と子どもの時思ってたが、
大人になって分かったのが

父は、元公務員
母は、大手企業の会社員

共働きでガボガボ稼いで貯め込んで金ない訳ないよね。
ただのケチだった事を知ったのだ。
お陰様で世界で毎日同じ服着てケチケチひもじく生きて行く能力がつきました。
ありがとうございました。

子ども達が野球やってるのを眺める。
なんか、ほんと素朴でいい!
ボロいボールとバットとグローブで
裸足で走り回ってる感じが。
日本の戦後もこんな感じだったんだと思う。
僕も毎日ボールとバットとグローブを持ち歩いていた野球少年だから懐かしさも感じる。
貧しいといわれる国の子ども達が好きな理由は、
もしかしたら共感からくるものかもしれない。
なんか思い出すよなー。
でも、僕の子ども時代はもっとマシな物持ってたかもしれない。
やっぱり親にケチだと言ったのは訂正します。謝

この国は混血が多い
色々な肌の色や顔をした人がいる。
黒人、スペイン人、アメリカ人、ラテン系
この国は、第二次世界大戦中の世界を仲良くした様な国だなぁと思った。

子ども達に、ピッチャー?キャッチャー?バッター?アウト?セーフ?
って何て言う(コモセディセ)って聞いていく。
ちょっと発音が違うが基本的には、同じだった。

大人達が試合を始めた。
結構レベル高い!
硬式なのもあるが、日本の草野球より打球も速い。
僕が見てた感じ。3アウトのハズがチェンジしない。
子ども達に3アウトチェンジだよね?と聞くとウンと答える。
そして4アウトになったところで、乱闘騒ぎになる!
まだ、2アウトだろ!的な。
いやいや、もう4アウトだけどね…。
おじさん記憶力は、子ども以下。笑
大の大人が、子供みたいに熱くケンカしてるのが面白かった!
男はケンカして絆が深まるのよ!

ここは、別の街だが立派な球場もあった。

フィデル会長の若かれし頃の写真。
彼も野球やってたんだなぁ。
アメリカと仲が悪いといえども、スポーツは国境を越える。
アメリカ文化が入って来た時代があってからの、
アメリカと国交を絶った時代。
wikiペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/キューバの野球

どうやら日本より歴史は長そうだ。
1900年頃は、アメリカと仲が良くてメジャーリーグへ行くキューバ人選手もいた様だ。
しかし、1959年に起こったフィデル・カストロによるキューバ革命以降、アメリカとの関係が急激に悪化。そのため、メジャーリーグとキューバ野球の交流も1999年3月28日にエスタディオ・ラティーノアメリカーノボルチモア・オリオールズ対キューバ代表の親善試合第1戦が開催されるまで途絶えた。
スポーツは国際関係を越えてなくてはならないのに。
キューバの歴史を知るには、野球の歴史調べてみるのも面白い。

ブログランキングに参加しています。応援のクリック宜しくお願いします! にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

コメントを残す